Neco の 陽なたぼっこ

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2013年 04月 06日

人と人との出会い

人は死ぬ時の事を設定することができるのだろうか?
今、父の介護をしながら、日々、人の生き様、あり方を考えさせられる。

先日、昨年に何度かお会いし、夢を語っていた方に朗報をと、お電話した所、
その方が今年になって急に亡くなっていた事に驚愕した。
あんなに素敵にいつも笑っておられた太陽のような方だった...。

その後、娘さんにお会いし、また新たなご縁を頂き、今日はその方の納骨式に参列させて
頂いた。
潔い、素晴らしい一生だった事を改めて感じさせて頂いた。
いつ逝ってもいいようにと、娘さんにお別れの言葉を手紙で残しておられた。
まだまだ、元気な内にである。。

一昨日は、高校時代の同級生が昨年の夏に亡くなっていたと同級生から連絡があった。
彼女の人生は壮絶だった。女性として生まれた事が彼女の最大の課題だった。
「性同一性障害」身体は女性なのに、心は男性そのものだったからだ..。
六本木でバーを経営し、お寿司やさんも経営していた。私とはいい友人だった。
その彼女が選んだのは、アメリカという地。彼女のお骨はいずれ住もうと用意してあった
妹さんのおられるアメリカに送られたという。

じゃあ、わたしは....???
今日頂いたこの詩のように、たおやかに生きて、堂々と終えたいな〜。
〜〜〜〜
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たおやかに生きて』

人は自分の力で

生まれてきたのではなく

死ぬ時も

自ら選んでいくわけでもなく

運命の中で

運命に従って

その人に与えられた道を

あゆみそして逝く

人はみな

生命の終わりを迎えた時

慌てることなく

取り乱すことなく

ただひたすらに堂々と

わが生涯を終えたい
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by necocafe | 2013-04-06 17:48 | 興味深い『ひと』


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