Neco の 陽なたぼっこ

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2007年 09月 24日

ディーン・リーパーさんのお話し

ある日、東京のYMCA(Young Men's Christian Association キリスト教青年会)
の事務所に、一人の女性がやってきて、こんな話をしたそうです。

 昭和29年9月26日、台風15号が北海道にまで北上し、青函連絡船の洞爺丸を
襲いました。
 夜の十時半ごろ、突然船内に、「救命具をお着けください」というアナウンスが流
れました。
1000人あまりの船客はビックリして、懸命に救命具を着けました。
ところが、気が動転して自分で救命具を着けられない女性や子供たちがいました。
彼らがパニックを起こしていると、一人の若い外国人が明るい声で、「大丈夫、大丈夫!
着けてあげます」と言って、冗談を言いながら、次々に救命具を着けてあげていたのです。

この人は、日本YMCAで働くディーン・リーパーという宣教師でした。
もちろん彼は、もう救命具を着けていました。
 ところが、一人の少女の救命具のひもが切れました。直せません。
少女は泣きそうになりました。
それを見たリーパー宣教師は、「大丈夫だよ」と言って、急いで自分の着けていた救命具
を彼女の体に着け換えました。
「僕は泳げるから、安心してね!」と言って、彼は他の人たちのところへ行きました。
 その直後、「ドーン」。鈍い音がして、船は転覆しました。リーパーさんは、多くの人と一緒
に遺体で発見されました。でも、彼の救命具をつけてもらった少女は、無事でした。

 「あの人がリーパーさんだったんだということがわかって、私はお礼がしたくて、ここに来ました。私がその少女だったんです」。

 この人の話によって初めて、リーパー宣教師の最期が明らかにされました。
彼の死は、ただの事故死ではなく、殉教の死ということができます。
イエスキリストの心に生き、その教えに従っての死だったからです。
彼の心の底に、キリストの言葉が脈打っていたのです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
実は、この方は、今年度の春就任されました、現在の広島文化センターの理事長、
スティーブン・リーパーさんのお父様です。

昨日、ある懇話会にてリーパーさんご夫婦にお会いし、この土曜日の「世界のピース
メーカーの人たちとのお話し会」についての打合せをさせていただきました。

「先日、東京での会に行ったんだけど、とても素晴らしい人たちの集まり
だったよ。広島に来られるのを楽しみにしていてね」
と笑顔で話されていました。

今のこの時、広島での平和の顔に当たる平和文化センターの理事長に
アメリカ人であるリーパーさんである事。
これって、凄い事なのではないでしょうか?
25名各国からすでに東京に集まっている人たちにお会いできるのが
楽しみになってきました。
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by necocafe | 2007-09-24 18:41 | Neco茶屋


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