Neco の 陽なたぼっこ

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2008年 04月 16日

『サグラダ・ファミリア&世界平和記聖堂』外尾悦郎氏講演会

昨日、世界平和記念聖堂にて、ガウディ建築サグラダ・ファミリア日本人初
の主任彫刻家、外尾悦郎さんの「私にとっての聖堂〜ガウディに魅せられて〜」
の講演会がありました。

あまりに素晴らしかったので、少し(ちょっと長くなりましたが)書かさせて頂
こうと思います。
ただ、これは、外尾さんご自身の口から、言霊があり、人の心に響くものだ
と改めて感じさせていただきました。
少しでも感じてもらえるといいのですが。
〜〜〜
ほぼ満席の状態の聖堂。
正装姿の外尾さんと奥さん(ピアニスト)は正面の祭壇をまっすぐ見据え、
入場して来られた。
世界記念聖堂に対し、どんなに敬意を持って、この度の講演会に臨まれ
たか、外尾さんの生き方、ご自分の仕事への姿勢がどんなものであるか、
垣間見た気がしました。

バルセロナにある建築家のアントニ・ガウディの設計した、サグラダ・ファミ
リア教会。
サグラダ(聖なる)・ファミリア(家族)=聖家族、という意味である事。
『聖家族の贖罪(キリスト教では、人々の罪をあがない、人類を救うために、
イエス-キリストが十字架にかかったとする教義。和解。)』という意味である。

ガウディは幼い頃に、リウマチにかかり、学校にも行けず、彼の友は、自然の
植物であり、動物であった。彼の作品には様々な動物や植物がでてくる。
彼のアトリエの写真には天井からは、沢山のかえるや、やもりがぶら下がっている。
よく人は気持ち悪いというが、彼にとってこれらの動物は友達であり、心の
支えだったのだろう。

『人間とは、自分の持っているものすら、知らない』
つまり、一つでも欠けた時、例えば病気になって始めて、どんなに自分が
素晴らしいものを持っていたかを知るというのである。

『心から必要な時には、心の扉が開く』
ただ、石の力に魅せられ、石を掘りたいと思い、たままた立ち寄ったガウディの
この教会に出会い、彫刻家としてサグラダ・ファミリアに30年関わり作っていく
過程でどうしてもガウディのデザイン意図が理解できなかった時、彼が幼い頃
過ごした家を訪ねた事がある。

何十年経っても変わらない、彼の過ごした当時そのままの家の側に咲いていた
「猫の爪」という植物を見た時、ガウディ最後の建築と言われる教会の先端の塔
のデザインのヒントがこの植物から来ている事を発見した。
その塔は、その植物の形にキリスト教の象徴である帽子と杖と指輪を入れて
塔のデザインを完成したのだ。

また、殆どの建築が引力に逆らって作られている中、ガウディの建築は、
引力をも友にした建築家でもあるといえる。

ある未完の教会では、全ての柱が斜めに作られている。
引力との共生、引力に全てを委ねた建築なのだ。

「引力・風・光。。」必要なものは全てある。
持っているものを知り、それを利用しただけに過ぎないという。
私達は、よく見、探すとヒントは全て自然の中にあるという事なのだ。
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ある時、柱の厚さがあまりにも薄く、これでは強度が持たないのにどうして
ガウディはこんな構造にしたのだろうかと疑問に思った事があった。

その時、自分の作成している石の葉っぱがその上に飾られる事に気づき、
ガウディはそのレリーフをちゃんと計算してデザインされていた事に気づいたと
いう。

VERB KOTOBA 言葉 DECIR HOJA=言葉とは、『言う+葉』である事。
心は、真実に向かえば言いたい事はひとつである事。
心からの言葉でしゃべっていれば、それは聞いた人の心に届くのである。

植物では、新鮮なものだけに実をつける事ができるのである。
栄養を実においている、つまり、栄養のある言葉、心から出てくる言葉が
即ち、新鮮(神聖)な言葉である。

言葉を栄養として、魂を豊かにして欲しい。

私達は、生きている間に沢山の苦悩や犠牲、贖罪をしている。
実はこれらは多くを学ぶチャンスである。
こうして人間は創り続けられている。
豊かな言葉=これがガウディの願いなのである。

彼のデザインの中には、それらを表現したものが多々ある。
例えば爆弾を手にしたもの、人間の顔がとかげになっているもの等。
これらは聖書にもないものである。
人は沢山の誘惑があるという事、芸術は苦しみや悲しみからしか産まれ
ないという事を伝えているのではないだろうか。

その誘惑に反するものとして謙虚さがある。
誘惑に負けないためにも謙虚な気持ちである事が大切である。
日本人には他の国にはない謙虚さというものを持っている国柄である。

「ハープを奏でる天使」を作成した時の事である。
外尾さんはあえて、ハープの弦を表現しなかったという。
彫刻は彫刻家がそれを完成させるものではなく、それを読み、見て楽しむ
その人がいるから完成するのだという。
素晴らしい音楽も(芸術一般も)聞いている人の心の準備があってこそ、始めて
完成するのである。
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何が素晴らしいかというと、人と人とが繋がった時、始めて人は幸福だと感じ
られるのではないだろうか。
人と人との心が繋がる事、実はこれが芸術の神髄でもあるのだ。

平和とは、人と人が繋がる事ではないだろうか。
世界平和を語る時、イデオロギーを持った人、それを捨てきれない人がいくら
語っても、違ってくる。その人の行いによってそれは変わってくる。
イデオロギーを持っている限り現実は見えないものである。
子供の心で、現実を見ていくと、見えてくるのである。
私達自身が未完成になり、子供になる事が大切なのである。

生誕の門のファゴットを奏でる天使は、その天使達は産まれたばかりのイエス
を見ているのではなく、間違えないで演奏しようと指先のファゴットを見ている。
でも実は、その手の先は皆、イエスに向いているのである。
愛情=天使 を表しているのである。

職人のレリーフは、表ではなく、裏に設置してある。
職人の仕事というものも裏方ではあるが支えているものであるという事。

ペリカンを描いたものでは、ペリカンは、食べるものが無くなった時は、自らの
お腹を裂いてその血を子供に与えると言われている。
つまり、母親の愛情は近くにいる子供には見えない。
遠くに行ってから始めて気づくのである。
これは神の愛と同じものなのである。
失って始めて気づくのだ。

『必要なものを読んで、必要なものを取り出すだけである。
ただ、あるものを組み立てていく、発見するだけである。
人間は、創造はできないのだ。
人間は自然から発見するだけである。』

「一体サグラダ・ファミリアはいつ完成するのですか」とよく聞かれる。
そんな時、私は「では、あなたはいつ完成するのですか」と答えるという。

ガウディにとって、未完のまま残すことには心残りは無かったと思う。
ある意味、ガウディは完成したのだと思う。
彼のデスマスクの顔はとても幸福な顔をしている。
生き抜いたという顔である。

私達は、明日こそは、もっと良く生きよう。
良く生きる為に自分達を完成させるだけなのだ。


〜世界平和とは、まず、自分の家族を平和にする事、ひとりひとりが
家族を愛し、大事にする事。      
その思いが、真の世界平和であると思う〜

*質問から:
私が外国で生活する際、自分がその国の人間と同じように振る舞おうと
した頃には全く友達はできなかった。

私自身が日本人としての誇りを持ち、自分というものがあってこそ始めて
友達ができるのである。
全てが人と違うからこそ、人間は生きていける。
違うからこそ、信じきれるのである。

日本人が日本人である事。
自分達の文化がしっかりあるからこそ、新しいものを受入れる事が
できるのである。

『過去を否定することでは、未来を手にする事ができないだろう
 〜チャーチル〜』

『オリジナル、独創性というものは、オリジン(原書)に戻る事である
〜ガウディ〜』

これらは、実は全て日本人は知っている事である。

真の国際化とは、自分の持っているものに気づき、自分の持っている
ものに磨きをかける事である。
ただ、日本人であればいいのだ。

〜〜〜〜
外尾さんは、階段を降り、聖壇に挨拶をされ、奥様と手を取って聖堂を
去られました。
講演を終え、外尾さんが今、しっかりガウディの意志を継ぎ、また、次の世代に
継承してゆく役割の方である事を思いました。
そうして延々と続いていくのでしょう。

つい、我々は完成を目指すがゆえに、真の意図を踏み違え間違いを
起こしてしまいます。
未完のままサグラダ・ファミリが永遠に続いて行く事を祈って..。

1985年、丁度「生誕の門・ハープを奏でる天使」ができたばかりの時、
我々は初めてサグラダ・ファミリアを訪れました。
教会の入口でここで彫刻をしているというある日本人に出会ったのです。
その方が外尾さんでした。
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by necocafe | 2008-04-16 11:39 | 興味深い『ひと』
2008年 04月 14日

葦舟と子供達と我々...。

この土曜日、日曜日、4年振りに石川仁さんを囲んでの
ひと時を過ごしました。
いつものメンバーも、久しぶりに会う人たちも、ついこの間の
事のように話しが弾みます。

土曜日は講演会の後、川辺での夜桜を見ながら花見です。
まるで同窓会です。

日曜日は、見て見ぬ振りをしてしまっていた八幡川の干潟
のゴミ拾いを兼ねての葦舟づくりです。

ひとりでは何日もかかりそうな沢山のゴミの山も大人数で
すると30分あまりできれいになりました。
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仲間が地道に刈ってくれていた10数束の葦を使い、チョリソを
作って行きます。
葦狩りの時に出会った近所の方々も、差し入れを持って集まって
くださいました。

どこからかどんどん家族連れや子供達が集まってきます。
最初は一緒に手伝ってくれていた子供達が、いつの間にか、
川遊びに夢中になってしまいました。

この場所は流れも穏やかでとても浅瀬の為、始めは長靴で
恐る恐る少しだけ川に足をつけて遊んでいた子供達が
いつの間にか洋服もびしょびしょになって遊び始めたのです。

何度着替えさせてもすぐ濡れてしまう子供達に呆れ、最初は心配そうに
見ていたお母さんやお父さんも、いつの間にか子供達は放っといて、
葦舟づくりに夢中です。
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お昼は、2升分のおにぎりと前日から用意してくださった、つくしの
おひたしはいつも私達のお母さん役のSさんと仲間の方々が朝早くから
作ってくださったものです。

私は今まで、殆ど使われていなかった町内会の大鍋とお椀を貸していただき、
大鍋一杯の芋煮を用意してきました。
その芋煮に火を炊いて暖めます。
殆どの方がマイお椀とマイ箸を持参しておられました。

あっという間に60人分ぐらい用意していたお昼がきれいに無くなりました。

外で食べる食事の美味しい事。
葉っぱに入れたおにぎりと、少し肌寒かった事もあり、汁ものの芋煮も
とても好評でした。

仁さんの葦舟は以前とは微妙に進化していました。
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やっと3時過ぎ、先端と後尾にはお花を飾った『さくら号』の完成です。

一番先にこのさくら号に乗り込んだのは何と、全員女の子。
圧倒的に多かった女の子の元気さに男の子は圧倒されています。
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最初は遠巻きで見ていた近所の子供達もいつの間にかしっかり参加
していました。

仁さんが地元のお酒でさくら号の進水式をし、みんなで川に浮かべます。
浮かべるというよりあまりにも浅瀬の為、置いたというが正しいようです。
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一目散に子供達が乗り込みます。
朝からびしょびしょになって川で遊んでいる様を見て、何気なく入った大人は
あまりの寒さに震えています。

こんなに楽しそうに川で遊んでいる子供達を見たのは本当に久しぶりです。

お年寄りから子供まで、一緒に遊んだ一日でした。
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by necocafe | 2008-04-14 14:22 | イベント
2008年 04月 11日

みんなで葦舟を作ってみませんか〜♪

事務所の窓から見える小学校の桜並木。
道路にいっぱいに、桜の花びらでピンク色に染まっています。

明日、あさってと、石川仁さんを迎えて、満月清掃会でお話し会と葦舟作りを
します。
日曜日、雨には、近くの(なぎさ小学校沖)に移動して作成するかもしれません。
4年前の葦舟の際には、一度も雨の為中止にならなかったのは奇跡でしたが、
さてさて、この度はどうなるのでしょう?
予約無しの当日参加もオッケーです。気軽に参加してください。

■石川仁さんのお話し会
日時:4月12日(土)14:30〜16:30 広島市留学生会館ホールにて
会費:1000円 
http://rainbow.or.tv/kamuna/(カムナプロジェクトURL)

*お話し会の後、ひとり自分の食べる分とプラスα持ち込みで、近くの川辺で
花見をします。何んでも、差し入れ大歓迎です。

■葦舟を作る、遊ぶ
日時:4月13日(日)10:00〜15:00 佐伯区五日市皆賀2丁目親水護岸あたり
当日芋煮会をします。美味しそうな里芋と手作りこんにゃくもゲットしました。
お楽しみに〜!マイ箸、マイお椀をご持参ください。
子供達も沢山参加してくれるようです。

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by necocafe | 2008-04-11 10:00 | イベント
2008年 04月 10日

「コンパッション」

先日、三次にある西光寺で行われたスーザン・オズボーンのコンサートに
行ってきました。

この日は新しく出来た鐘楼の完成式が開かれ、そのお祝いにスーザンが
ここでコンサートをする運びになったようでした。

たまたまバリー・カーズイン博士も滞在されていました。

バリー博士と始めて出会ったのは、昨年の秋の事です。
私にとても素晴らしい友人との出会いをくださいました。

4月1日夜、我家にて新しいプロジェクトに向けてのパーティーをしている所に
バリー博士とその仲間達が参加。
みんなびっくりです。  
我家の被爆紅葉にも、しっかり挨拶してもらえました。

バリー・カーズイン博士の今回の講演会のテーマは、
「コンパッション」(思いやり、慈愛の心)です。

バリー博士はひとりひとりの目をじっと見つめ、慈愛を持って接してくださいます。

ひとりひとりがコンパッションの心でコミュニケートする事がいかに大切か、
少しだけバリー博士を通じて感じさせていただきました。

スーザンとは、3年ぶりの再会です。
早速娘を紹介すると、なにやら、意気投合した様子。

スーザンは娘とハグしながら、「似ているわよね〜!」と..。
そういえば、そんな感じが..。

海語があるとするならば、これは歌語?  

外国人であるカート(琴)&ブルース(尺八)の演奏はとても素晴らしく、
どんなに彼らが日本の心を大切にして演奏しているかを感じました。

歌や和楽器の演奏をしていると、「ホーホケキョ♪」一緒に様々な鳥たち
が歌います。

そんな中に、いきなり鐘楼の鐘の音。   抜群のタイミングです。

スーザンは最後まで生声で歌ってくれました。

ダイレクトに声が届きます。

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西光寺の和尚さんも大の音楽好き。

みんなの笑顔が自然に溶け込んでいく..。    そんなひと時でした。
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by necocafe | 2008-04-10 18:41 | イベント