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Neco の 陽なたぼっこ

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2007年 07月 28日

フランス・オーヴェルニュへの旅 (新しい出発)  その3

2000年10月8日

朝、あれだけ探しても見つからなかったひげ剃りが出て来た。
何故見つからなかったんだろう?
かなり、生え揃ってきた髭を見て、
「まあ、いいんじゃない。そのまま延ばしたら?」
本人もまんざらでもないようだ。

いよいよ車での出陣である。
リヨンの街は比較的解りやすい。
いつも車での移動の初日は緊張する。左ハンドルに右側通行。
川沿いには朝市が出ていた。食の都、リヨンの朝市である。
これは見逃す訳にはいかないよね。 車を道路脇に置き、探索した。
今まで見た事もないような食材が並ぶ。野菜も新鮮そのものである。
他の都市の朝市よりも厳選された食材という気がした。

そこで、生ハムとワインとチーズと果物を買い、車に持ち込んだ。
ミッシュランの地図を片手に高速の看板を目指す。

ヨーロッパの道は、ブルーとグリーンの色(確かそうだったよね?)が高速の印。
慣れてくると日本のようにゴチャゴチャした看板が無い分走りやすい気がする。
今でこそ、様々な情報はインターネット等で手軽に見られるが、その頃はあまり
情報がなかった。
ホテルも主だった所だけはファックスで予約をしていたものの、後はその場で
の調達である。

この旅行に出る前、南仏で旅行会社をやっている大学時代の友人にフランスの
田舎の情報を収集した。
彼女からコンクや、ラカマドール等の地名を聞いた所から、この度の旅行のプラ
ンをたてた。
この辺りの地域は、私達にとっては全く未知の地だったのである。

高速A47を通り、一般道であるN55に入った。
いきなり田園風景が広がる。ゆっくりと車を走らせる。

小さな村が点在し、30分も走ればまた別の村に着く。
手持ちの地図の中にはない小さな村。
昔ながらの生活を営んでいる人たち。
ここにはゲームセンターもカラオケもない。村唯一のカフェがあるくらいだ。

子供達も、行き交う人々の顔も生き生きとし、とても優しさに満ちていた。

お互い黙ったままで、田舎のドライブを堪能した。
堪能するというよりも、ただ何も考えられなかった。
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「どうして、私は今回、日本人として生まれたのだろう?」

「どうして、この地に生まれなかったのだろう?」

始めてとは思えない景色の中で…。ただ、ただ、それを思った。

優しい光の中で、暮らせる人たち..。
今の私とは、あまりにも違う環境の中で生活する人達。

一体幸せって何んだろう?   富?   名誉? 
そんなものには全く関係なさそうな生活をしている人達のなんと幸せそうな顔。

2時間ぐらいたった頃だろうか?   私達はル・ピュイに着いた。

早速、車を置いて、丘の上のノートルダム大聖堂に向かった。
沢山の人々が同じ丘を目指す。
そうだった、今日は日曜日。

大聖堂の中は、沢山のミサに集まった人たちで溢れていた。
丘の上から赤い屋根の町並みを見下ろす。
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丘から降りて車を少し走らせると、いきなり前方の山に、全く廻りの環境にそぐ
わない銅像が出現した。
1860年にクリミア戦争でロシアから奪った200門の大砲を潰して作ったと言
われるフランスの聖母像だという。
真っ赤な16mの像である。
ちょっとがっかりした後、また暫く走ると、街の外れに小さな岩山の上に建つ教
会のような建物がいきなり出現した。

「何?あれ〜?」慌ててガイドブックを見ると、礼拝堂だという。
そこに行くためにはその細長い階段を昇るしか、なさそうだ。
一体あの建物どうして建築したのだろう。
まさかその当時ヘリコプターがある訳でもないだろうに..と思う。
今思うと鳥取の三徳山も同じようなものなのかもしれない。
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先を急いでいた私達は、登りたい気持ちを押さえてそこを後にした。
今度、もし、もう一度行くチャンスがあったなら、そこは是非、訪れたい場所
のひとつである。

帰った後で、知った。どうもこの度の旅行はフランスから巡礼の最終
地であるスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼のコースの
一部であり、ここル・ピュイはその巡礼の出発地であった事を..。

その頃の私は、「巡礼? なに?それって..?」
全く何も興味もなく、意味も知らなかった。

でも、もしかしたら、私達の巡礼の旅が、この時、すでに、スタートしていたの
かもしれないと思う。

ル・ピュイを後にした私達は、その夜の宿泊先であり、この度の一番の目的地
であるラギヨールに向かった。

途中、小さな村々を通り、写真を撮り、また別の村へ。
この旅行をするきっかけになった一枚の写真。
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あれだけ大事に思ったその風景が、今、あちらこちらに広がる。

火山帯だった丘に牧草が広がり、境界線の意味だと思える石が蛇行して積ま
れてある様が広い牧草地のアクセントになっている。

今、目の前にみえる風景。
最初の感動が、いつの間にか当たり前になっていく感覚を覚えた。
ず〜と昔から、この場所にいるような、懐かしい感覚。
ここでは、音楽も言葉もいらない。
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ラギヨールの街に入った。
いきなりあちこちに小さな工房や土産物屋が立ち並ぶ。
ラギヨールはソムリエナイフで有名な地である。
蝉のマークのあるソムリエナイフ。

その町を通り過ぎて目的地である三ツ星レストラン、ミッシェルブラスに
向かった。
現在は、北海道の洞爺湖にも分店ができたが、当時は知る人ぞ知るレス
トランであった。
フレンチのシェフの友人から聞いていたので知ったのだが、そうでもなけ
れば私達には縁のない場所である。

こんな田舎に本当にあるの?と思えるような場所にそのレストランとホテル
はあった。
そこを訪れる人の殆どが、レストランに併設されたホテルに滞在するようだ。

今は丁度シーズンオフに入ったばかりだったらしく、私達は普段ではとても
高くて手の届かない、町が一望できる部屋を格安で予約できたのである。

無駄な線のないシャープな建物であり、真っ白で無機質なインテリアである。
ベッドカバーの上にウエルカムグッズであるオリジナルマークの印刷されて
いるリュックがあった。
ピクニックに行く時そのリュックにランチを入れていくものらしい。
憎い演出である。

友人のアドバイスにより、明日の朝の朝食をこの部屋で取る事にした。
広すぎる程のバスルームからも変わりゆく夕焼けが見える。
ゆったりとバスルームにつかった。

長い間、夕暮れを見た。
オレンジ色から紫色に変わり、そしてコバルトブルーに変わってゆく。
水平線上に色のグラディーションが重なる。
雲の隙間から眼下にシャワーのように降り注ぐ光..。
夕焼けの神秘を感じた。
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やっと、その夕焼けが闇に変わった頃、私達はドキドキしながら3つ星レストラン
でのディナーに向かった。
別棟の建物にあるウエイティングルーム。
暖炉の側に座り、順番を待った。

メニューリストを持ったソムリエが私達の側にやってきた。
まずは、料理の注文である。
ここでは、裏の菜園で採れる無農薬温野菜が有名だという。
肉(特に羊やウサギ)料理の苦手な私は、メインのお肉のジビエを変更してほしい
とお願いした。
「前菜になるマッシュルームのパイなら出来るよ」と言われ、わざわざサンプルを厨
房から持って来て見せてくれた。

相棒はスタンダードな牛肉のステーキである。
相棒の方は料理はそっちのけで、ワインリストに夢中である。
「さすがだね〜!こんなに沢山の種類のグラスワインがあるなんて〜!」嬉しそうで
ある。
4〜5種類のグラスワインを注文した。
ソムリエが不安そうな顔で、「こんなに飲めるの?」と聞いてきた。
「大丈夫、彼は酒飲みだから..。私は全く飲めないけどね。」笑って答えた。
まあ、所詮私の語学力では、これ位が限界である。

やっと、ディナー。レストランへの道には、小さな水路があり、その水路の上
の石の橋を渡り、私達は窓際の席に案内された。

思わず目を疑った。
我々の席には赤ワインがボトルのまま3本ドーンと置かれ、白ワインが1本
ワインクーラーの中に置いてある。

一瞬、真っ青になった。
「どうして〜こんなにあるの?」
私の頭の計算機がカウントし始めた。   一体幾らになるんだろう?

慌ててソムリエを呼んだ。
「このボトルはどういう事ですか?私は飲めないって言ったでしょう。彼ひとりで飲むの
にこんなに飲める筈ないでしょう」

「いえ、ちゃんとこちらのお客様が注文されました」メニューを差し出し、相棒を見て
答えた。
思わず相棒を見ると、僕知らないよ。と言わんばかりに首を振っている。
いつも冷静を装っている彼もさすがに慌てている。

どうも、半年後にユーロに変わるので、いち早く、フランの値段の横にユーロの値段
が書かれていたらしいのだ。
ユーロのマークに慣れていない相棒は、それがグラスワインの値段だと思い注文し
たらしい。
グラスワインはあちらに栓を抜いて置いてある数種類のものだけだと言う。

「ごめんなさい〜!」もうひた謝りである。
「白ワインだけ頂くので、後の赤ワインはキャンセルしてもらえますか?」
まだ、ラッキーにもコルクを開けてなかった3本の赤ワインを指差してお願いした。
ソムリエは、一度厨房に戻り、笑顔で帰ってきて、
「オッケー、大丈夫だよ」とワインクーラーにつけてあった白ワインまでテーブルから
下げ、新たにあちらにあるグラスワインを注文するように言ってくれた。

さあ、ここからが大変である。もう、恥ずかしいの なんのって…。
見渡してみると、アジア人は我々だけである。
きっと、厨房では、「あの馬鹿な日本人が…」なんて笑われているに違いない。
もう、しっかり被害妄想である。

照れくさいのも手伝って、我々は、ここの照明デザインはどうのこうの..。
お花の入れ方がどうのこうのと..この時とばかりに建築観点での意見を言い合った。

居心地の悪い思いで食事は始まった。

前菜から、フォアグラのソテー。この辺りはフォアグラの産地らしく、私の少ないフォ
アグラ経験での見解からみると、フレッシュで独特の油っぽさのない美味しいものだ
ったと思う。
まあ、ここまでが記憶にある料理である。後は、殆ど何も覚えていない。

あまり有り過ぎる量に圧倒され、どんどん食欲は無くなってゆく。
最後は苦痛そのものである。
途中、奥様らしきマダムが各テーブルに笑顔で挨拶に来られた。
とても家庭的な雰囲気である。このオーナーは大の日本ひいきらしく、あらゆる手法
が日本の料亭を思わせた。

このようなスタイルのフレンチをニューベルキュイジーヌ(新感覚のフランス料理)と
いうらしい。
昔ながらのフレンチはもっとゴテゴテしているらしいのだが。
とんでもない事である。

途中、私は何度もお手洗いと称して席を立った。
少しでもお腹をすかせようと階段を上がったり降りたりした。
2〜3時間あまりかけて、やっとコースが終わった。そして元の暖炉のあるラウンジへ
案内された。
ここで最後の仕上げのデザートとコーヒータイムらしい。
これでもか〜とばかりに、目の前のお膳にまるで3人分もありそうなケーキのセット
が表れた。   
会席膳のようなスタイルである。
もう見ただけで、全く、手をつけられなかった。

勿体ないなんて、次元ではない。
コーヒーだけいただいて早々にラウンジを後にした。

こうして私達の一日が終わったのである。

きっと、グルメではないだろう我々、もう二度と、3つ星レストランを訪れる事はない
だろう。  と思った。

by necocafe | 2007-07-28 11:39 | Neco茶屋


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